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ケアで疲れたあなたに|私はミューズとゼウスのケアラーです!

 激しいスピードで高齢化が進む隣国で、ケアの最前線に立つ作家による、初の日本語エッセイ連載スタート!! 昼は介護の仕事をして夜は文章を書く、作家イ・ウンジュの連載が始まります。日本の介護福祉士にあたる、「療養保護士」という韓国の介護の国家資格を持つイ・ウンジュさんは、自身もケアの現場に立ちながら、ケアに関する文章を韓国語で発表する数少ない作家です。

 そんなイ・ウンジュさんは韓国で、ケアについてのエッセイ三部作(『私は神々の療養保護士です』『こんなに泣いて疲れたでしょう』『東京因縁』)を出版して話題を集め、2023年には母親の在宅療養保護の経験を盛り込んだ『ケアの温度』を刊行しました。ケア三部作の『私は神々の療養保護士です』では、療養保護士として歩んだ療養院での日々から訪問介護に至るまでの道のりについて、『ケアの温度』では、誰かをケアする時の適切な距離感・温度感とレジリエンスについて、やさしい筆致で綴っています。この連載では、イさんの目に映った韓国の介護現場から、「ミューズとゼウス」のためのケアについて考えます。

【新連載:vol.1】Every Day a Good Day | 私はミューズとゼウスのケアラーです

 何も持ってないのに、すべてを持っているかのように行動した自分と向き合う時が来たようだ。昨日の夕方、夕方のニュースを見るためにスリッパを引きずって集まっているお年寄りたちを見ながら、彼らと私の人生があまり変わらないという気がした。3交代のシフト制で勤務をしながら、彼女たちのおむつを替えて、ベッドシーツを替えて、時間ごとに排尿チェック日誌にメモをしながら、私もいつかはここで人生の最期を送るだろうという気がした。

 療養保護士⚹1の朝は窓を開けて換気をしながら、療養院の人々の安否を確認することから始まる。一日中、横になって生活するしかない老人長期療養保険1等級患者⚹2と、自分の名前さえ記憶にない認知症の高齢者を私は「ミューズ」と「ゼウス」と呼ぶ。彼らはギリシャのローマ神話に出てくる神々のようだ。私は、ここの老人ホームを天国に行く前の段階である「空の庭園」と呼ぶ。空の庭園で、ミューズとゼウスは体がだんだん軽くなる。まるで星の王子さまが自分の星に戻るために、自分の体と別れを告げたように。私もいつかはこれらの「ミューズ」と「ゼウス」の席にいるだろう。そして、誰かが来て取り替えてくれるまでは、湿ったおむつに身を任せなければならないだろう。誰かが来て、私の口の中におかゆをスプーンで入れてくれるまでは、喉の渇きにも耐えなければならないだろう。誰かが来て、私の手と足を撫でてくれるまでは、毛布の外に窮屈な足を放り出すこともできないだろう。

 雨の日には、療養院で曜日ごとに変わるプログラムに参加させられ、車椅子に乗せられたまま、部屋着を着た状態で見知らぬ人たちと一緒に騒々しい歌を聞かなければならないかもしれない。情熱に満ちたボランティアによって、無理やりおやつを食べなければならないかもしれない。運が良ければベッドの傍で、しばらく私の手を握って温もりを分けてくれる、ボランティアにも会えるだろう。見知らぬ人の体温がうれしいかどうか、実はわからない。今の考えでは、何も言わずにただ手を握って温かい体温を分けてくれる人がいることは、ありがたいのだろう。ただ、体に良いからといって無理に食べさせることだけはしないでほしい。若い時ですら体に良い食べ物を求めて食べなかった私が、天国に行く直前にようやく、それも無理に食べるのはきっと苦しいだろうから。

 私のミューズとゼウスは、朝7時に食事をとる。食事が終わると、ほとんどの時間を居間で過ごす。「ミューズ98」は一人で部屋にいることが多い。聖書を一行ずつ手でゆび指しながら、声に出して読んでいる。父親の病気の看病をしていて婚期を逃した「ミューズ98」に、おやつを持って行く時間が待ち遠しい。「ミューズ98」はまだ歯が丈夫で、すべての食べ物を美味しく食べる。私は彼女のように歳を取りたい。彼女のようにトイレで用を足したい。彼女のように本を読んで、彼女のようにご飯を食べたい。「ミューズ98」のルームメイトは、今は天国に行った「ミューズ・“ジュリエット・ビノシュ”」。彼女がソファで昼寝をすると、私はひざ掛けを掛けてあげる。彼女の眠っている姿を見る。半分白髪交じりの髪、広い額、青白い頬、薄い唇、端正なあご。彼女の一生がどうだったのか私は知らない。ただ、夜になると徘徊する認知症を持ち、冷蔵庫から食べ物を取り出して食べてしまう。私は、食い意地が張る現在のミューズだけを知る。彼女が、天国での遠い旅に出たことを初めて発見した人が私でよかった。息を引き取る前日、彼女は私に言った、「ありがとう」って。何がどうありがたいのか聞くことも、答えることもできない彼女。彼女の最後を見守りながら、彼女のまぶたを撫でて私は祈った。「もう何も心配はいりません。子供の心配もなく、お金の心配もなく、どう生きるべきかも心配しないでください。ゆっくり休んでください」とささやいた。

 こんなことも一度あった。寄る辺ない身であった「ミューズ・ヤブラン」の死後、彼女の荷物を整理した。私は彼女の服や持ち物を箱の中に整理し、リストを作成している間に、彼女の写真を3枚手に入れた。 彼女の写真が無造作に捨てられるのが残念に感じ、家に持ち帰って古いフライパンの上で燃やして灰にした。

 3交代制の勤務はそれほど簡単ではない。昼と夜が変わり、不規則な睡眠に障害が生じるものだ。夜勤を終えて、朝日が昇る時刻に玄関のドアを開けて入ると、疲れが押し寄せていてもなかなか眠れない。洗濯機の回る音を聞きながらぼーっと立っていると、すでに午前10時を過ぎている。「休みの日の2日のうち、1日が眠りに消えるんだな」と、寝返りを打ちながら考える時が一番貧しい感じがする。何も持ってないのに、すべてを持っているかのように行動してきた自分を、これ以上見て見ぬふりをすることはできない。「大丈夫だ、まだ耐えられる」と言い聞かせてきたが、そのまま座り込みたい気持ちになる。自分の両手で自分の顔を包む。毎日死と対面するということは、思ったより自分を疲れさせる。年配の女性にとって、 3交代制の勤務負担は過剰にのしかかる。日々の働きのそのすべてが大したことないと無視して生きているなかで、突然疲れが押し寄せてくると、まるで自分が地球の外に投げ出された気がする。独りで宇宙を漂う。小惑星の破片にぶつかってころころと転がる私を、どうすれば再び地球の中に連れてくることができるのだろうか。

 療養院での朝がまた始まる。 鼻に連結されたチューブで経管食を召し上がる「ゼウス」と目が合う。ゼウスの瞳は嬉しそうに動く。乾いた唇をぴくりと持ち上げる。夜の間に萎(しお)れたゼウスの枕をはたく、首の間に手を入れて枕を直してあげる。唇にはワセリンを塗り、痩せた頬を手のひらで軽く撫でるのが、ゼウスと私の朝の挨拶だ。不思議なことだ。仕事を終えて家に帰ると疲れが押し寄せて仕方ない私が、療養院では朝、窓際に立つと、傷口が塞がったように、たくましくベッドとベッドの間を駆け回る。どこからこのような力が湧き出るのか、私にはわからない。


⚹1 療養保護士:日本の介護福祉士にあたる韓国の介護の国家資格。
⚹2 長期療養保険1級患者:韓国の介護保険制度。1等級から5等級まであり、5等級が最軽度。

著者紹介

イ・ウンジュ 이은주

1969年生、作家、翻訳家。日本に留学し、1998年に日本大学芸術学部文芸学科を卒業。20代から翻訳家になることを夢見て、家庭教師として働きながら翻訳した『ウラ読みドストエフスキー』(清水正)で夢をかなえる。その後も仁川国際空港の免税店で働きながら、休憩時 間は搭乗口31番ゲートで訳し、仁川への通勤電車でも訳し続け、『船に乗れ!』(藤谷治)、 『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(山極寿一)をはじめ、十数冊もの日本書籍を韓国に広める。おばあちゃんっ子だったイさんは祖母の逝去をきっかけに、高齢者施設でボランティア活動を始め、その後療養保護士の資格を取得。昨年からは認知症になった実母の介護を行う。「ケア」と「分かち合い」について、文学の一形態として追及してみたいという気持ちから、高齢者のケア現場についてのエッセイを三部作で発表し、韓国で共感を呼ぶ。現在、認知症で苦しんでいる母親の世話をしながら、翻訳、執筆活動と共にメディア出演、講演活動を続けている。